ふくちん父に会う [我が家のわんこ(愛犬物語)]
皆さま、こんばんは
お陰様で、
今日、ついに面会が叶いました。
父は、前の病院で
酷い褥瘡ができていて、
そのための発熱が続いており、
抗生物質の点滴を受けています。
(褥瘡とは、身体とベッドとの接地面での血行不全により、周辺組織に壊死がおこることです)
(放っておくと危ないところでした)
(転院の時期を急いで良かったと、今では思っています)
父は、2度の脳梗塞の後、
脳出血を起こしました。
2度の脳梗塞では右麻痺、
脳出血では左麻痺になり、
結局、全身の麻痺となりました。
声も出ず、
食べることも出来ず、
動くことも出来ず・・・
TVのリモコンさえ触ることが出来ません。
それでも、リハビリを頑張って、
多少は動けるようになるものの、
(呆れるほどの頑張り屋さんなので)
度重なる体調不良や、肺炎、など、
昨年の夏は敗血症性ショック、多臓器不全等をおこし、
長期間、危篤状態となりました。
そして、治療のため、
寝込むごとに、
リハビリして得た機能は、またゼロに戻ってしまいます。
(ゼロどころかマイナスに・・・)
そして、その度に、
弱っていきます・・・
とうとう 『 療養病棟 』 という、
寝たきりで先の短い人の専門病院のようなところに入らざるを得なくなりました。
でもね、
復活してきたのです
「フクと会いたい」
という父の強い願いがありましたが、
『 療養病棟 』 では、
それは叶いません。
それで、私があちこち探し回り
ラッキーなことに、とても良さそうなクリニックに出会うことができました。
そして、やっと先週、
思い切って転院したところです
(普通は、「療養病棟を出る人はいない」と言われているんです)
大の犬好きの父・・・
フクに会うために転院したようなものです
今日は、ナースさん3人さんの御協力の下、
息子にも手伝ってもらい、
父が麻痺した手で書いた 「フクチャンニアイタイ」 という悲願が叶いました
応援して下さった皆さまにも、
ここで、心から、厚く御礼を申し上げます。
ネット上で失礼させて頂くこと、
お許し下さいませ。
今頃になって泣けてきちゃいました・・・
父がクリニックのロビーに降りてくるまで、
なぜだか嬉しくて
走り回るふくちん
念願の御対面
ふくちんは、
父の顔をぺろぺろ舐めました。
じーちゃん、どこ行ってたっしゅか?
ぼく、会いたかったんでしゅよ
こんなトコロにいたんでしゅか?
見つめ合うふたり
ナースさん達も、
「きゃー、ふくちゃん、かわいー」
ってヨシヨシしてくださって、
ふくちんは、
誰の方を向いたらいいのか分からないようでした(笑)
熱があるので、
面会時間は10分足らずでしたが、
父は満足してくれたと思います。
ふくちんは、
なんだかワケが分からないうちに帰路に着きました。(笑)
ナースさん達は、
ナースの制服の半袖のままお付き合い下さって、
もう有り難くって、申し訳なくって、
ほんとうにあたまが下がりました。
そして、
「何度でも連れてきてくださいね」
と言って下さいました。
「その方が、力になります」って。
ほんと、有り難い・・・。
いろんな人に支えられ、
お世話して頂いて、
今があると思います。
ふくちんは、立派にセラピー犬の役目を果たしたと思います
そして、これからも、
父のセラピー犬として、
父に会いに行ってもらいます
暖かくなったら、
父の車椅子を押しながら、
クリニックの周囲をお散歩出来れば嬉しいナ
私にとっては、お正月よりも大きい、一大行事でした。
で・・・
息子Aは、今日の夕方、神戸空港から東京に帰ってしまいました。
息子が玄関を出る前に
ふくちんは号泣しました。
悲鳴でした。
息子も辛かったと思います。
きっと、後ろ髪を引かれながら神戸空港に向かったでしょう。
今はこの通り・・・
見ているだけで可哀想になります・・・
火が消えたような家の中。
ご飯も食べないふくちん。
いつも、こんな日が、4~5日、続きます。
ふくちんは一所懸命、息子の帰りを待ち続けます。
物音がすれば、耳をすませ、玄関まで走ります。
1日に何度も玄関をのぞきに行きます。
そして、1週間ほど経ったころ、
やっと・・・ 諦めます。
おにいちゃんが行ってしまうのは、仕方ないもんね。
おにいちゃんの人生だからね・・・。
また、おかーしゃんと生きて行こうよ
明るく、楽しく、元気よく
最後までお付き合い下さって、ありがとうございました m(_ _)m
お陰様で、
今日、ついに面会が叶いました。
父は、前の病院で
酷い褥瘡ができていて、
そのための発熱が続いており、
抗生物質の点滴を受けています。
(褥瘡とは、身体とベッドとの接地面での血行不全により、周辺組織に壊死がおこることです)
(放っておくと危ないところでした)
(転院の時期を急いで良かったと、今では思っています)
父は、2度の脳梗塞の後、
脳出血を起こしました。
2度の脳梗塞では右麻痺、
脳出血では左麻痺になり、
結局、全身の麻痺となりました。
声も出ず、
食べることも出来ず、
動くことも出来ず・・・
TVのリモコンさえ触ることが出来ません。
それでも、リハビリを頑張って、
多少は動けるようになるものの、
(呆れるほどの頑張り屋さんなので)
度重なる体調不良や、肺炎、など、
昨年の夏は敗血症性ショック、多臓器不全等をおこし、
長期間、危篤状態となりました。
そして、治療のため、
寝込むごとに、
リハビリして得た機能は、またゼロに戻ってしまいます。
(ゼロどころかマイナスに・・・)
そして、その度に、
弱っていきます・・・
とうとう 『 療養病棟 』 という、
寝たきりで先の短い人の専門病院のようなところに入らざるを得なくなりました。
でもね、
復活してきたのです
「フクと会いたい」
という父の強い願いがありましたが、
『 療養病棟 』 では、
それは叶いません。
それで、私があちこち探し回り
ラッキーなことに、とても良さそうなクリニックに出会うことができました。
そして、やっと先週、
思い切って転院したところです
(普通は、「療養病棟を出る人はいない」と言われているんです)
大の犬好きの父・・・
フクに会うために転院したようなものです
今日は、ナースさん3人さんの御協力の下、
息子にも手伝ってもらい、
父が麻痺した手で書いた 「フクチャンニアイタイ」 という悲願が叶いました
応援して下さった皆さまにも、
ここで、心から、厚く御礼を申し上げます。
ネット上で失礼させて頂くこと、
お許し下さいませ。
今頃になって泣けてきちゃいました・・・
父がクリニックのロビーに降りてくるまで、
なぜだか嬉しくて
走り回るふくちん
念願の御対面
ふくちんは、
父の顔をぺろぺろ舐めました。
じーちゃん、どこ行ってたっしゅか?
ぼく、会いたかったんでしゅよ
こんなトコロにいたんでしゅか?
見つめ合うふたり
ナースさん達も、
「きゃー、ふくちゃん、かわいー」
ってヨシヨシしてくださって、
ふくちんは、
誰の方を向いたらいいのか分からないようでした(笑)
熱があるので、
面会時間は10分足らずでしたが、
父は満足してくれたと思います。
ふくちんは、
なんだかワケが分からないうちに帰路に着きました。(笑)
ナースさん達は、
ナースの制服の半袖のままお付き合い下さって、
もう有り難くって、申し訳なくって、
ほんとうにあたまが下がりました。
そして、
「何度でも連れてきてくださいね」
と言って下さいました。
「その方が、力になります」って。
ほんと、有り難い・・・。
いろんな人に支えられ、
お世話して頂いて、
今があると思います。
ふくちんは、立派にセラピー犬の役目を果たしたと思います
そして、これからも、
父のセラピー犬として、
父に会いに行ってもらいます
暖かくなったら、
父の車椅子を押しながら、
クリニックの周囲をお散歩出来れば嬉しいナ
私にとっては、お正月よりも大きい、一大行事でした。
で・・・
息子Aは、今日の夕方、神戸空港から東京に帰ってしまいました。
息子が玄関を出る前に
ふくちんは号泣しました。
悲鳴でした。
息子も辛かったと思います。
きっと、後ろ髪を引かれながら神戸空港に向かったでしょう。
今はこの通り・・・
見ているだけで可哀想になります・・・
火が消えたような家の中。
ご飯も食べないふくちん。
いつも、こんな日が、4~5日、続きます。
ふくちんは一所懸命、息子の帰りを待ち続けます。
物音がすれば、耳をすませ、玄関まで走ります。
1日に何度も玄関をのぞきに行きます。
そして、1週間ほど経ったころ、
やっと・・・ 諦めます。
おにいちゃんが行ってしまうのは、仕方ないもんね。
おにいちゃんの人生だからね・・・。
また、おかーしゃんと生きて行こうよ
明るく、楽しく、元気よく
最後までお付き合い下さって、ありがとうございました m(_ _)m